最終更新日:2003年07月23日

  このページは、弁護士としての小倉博のライフワークである犯罪被害者支援についてのページです。

  まだ、日本では、十分な理解がなされていません。この問題に付きましては、皆様のご意見を伺えれば

  幸いです。


                    2003年初夏のイタリア調査報告をアップしました(2003.7.23)

           あなたは、2001年4月11日以降番目の訪問者です。       


CONTENTS

  1 私が「犯罪被害者」支援に乗り出すきっかけ

  2 弁護士と犯罪被害者の関わり 

  3 いくつかの実例

  4 犯罪被害者支援ネットワーク

  5 2002年犯罪被害者支援経験交流会

  6 「トラウマとその後遺症」シンポジュームの報告

  7 イタリアにおける犯罪被害者の刑事裁判参加制度調査結果

            
              2001年2月9日〜10日水戸で開かれた「全国被害者支援ネットワーク
             全国研修会」にて。2日目の個別研修で、刑事裁判手続で被害者側の弁
             護士としてどこまで出来るかの実例報告をさせてもらいました。

 

 

 

     なお、イギリスの犯罪被害者支援についての資料をご覧になりたい方は下のアイコンをクリック
                         

                なお、ダウンロードに数分かかる場合があります。


1 私が「犯罪被害者」支援に乗り出すきっかけ

   @ 従来、弁護士が刑事事件に関わるという場合、それは、あくまで「犯罪者」の弁護活動に限ら

    れていた。「被害者」は、警察や検察が対応するのであり、弁護士はその対極にあって、加害者

    たる被疑者、被告人の権利の擁護に務めるものという理解がされてきた。私自身も、そのような

    認識で多くの刑事弁護をし、時には、「被害者」の落ち度を法廷で強調する事で、依頼者たる加

    害者の刑を軽くし、執行猶予をもらう事が、自分の役割と思ってきた。もちろん、私は、大師匠鈴

    木信雄先生と同じように警察、検察、裁判官とて神様ではないのだから、無辜の者を獄につなげ

    あるいは刑場の露と消えるような事が無いよう監視するのが刑事弁護人の役割であると考えて

    きた。刑事弁護士として、私は、登録以来最初の10年で200件以上を扱い、一件も控訴してい

    ない。依頼者が「先生があれだけ言ってくれたのだから十分です。服役します」という、被告人に

    は、少なくとも、評判の良い刑事弁護人であったはずだ。

   A ただ、私は、刑事弁護人として非常に考えさせられる事件に当たった。夫が妻を殺害したという

    事件である。妻が、日頃から夫をないがしろにして、小ばかにし続けてきた。それが、ある日の朝、

    妻のほんの一言が、夫に応えた。惨劇は、瞬時にして起こり、冷静になった夫は、直ちに救急車の

    要請をし、自首した。事実関係には争いが無かった。刑事弁護人としては、亡くなった被害者たる

    妻の日頃の言動を立証し、被告人の刑を軽くするのが使命となる。夫婦間の殺害事件なので、遺

    族は、犯人であり、子供であり、損害賠償とか示談とかの問題も無かった。既に成人している二人

    の息子は、最初は、なかなか口を開いてくれなかった。父は被告人、母は被害者という絶望的な状

    況である。落ちついて話せる状況ではなかった。ただ、最後の段階で、二人の息子は法廷に来て、

    「被害者の遺族」としての悲しみを語ると共に、その被害者たる母がいかに長年、被告人である父

    親をないがしろにしてきたかを証言した。どちらの立場にも立たず、冷静にあった事実を話した。

     弁護人としての私は、「遺憾ながら、本件は被害者によって引き起こされた犯罪といわざるを得

    ない」ではじまる弁論を1時間かけて行なった。検事の求刑懲役10年が、判決では懲役5年とな

    った。異例のと言って良い減刑である。被告人はもちろん控訴せず、むしろ検察官が控訴を検討

    した位である。その判決言渡しの法廷の帰り、廊下で「あんたは、何もわかってない」と中年の女性

    傍聴者に言われた。被害者の姉であった。私は、夫婦と子供の問題として捉えつづけてしまった。

    被害者の兄弟や、親族の事を考えなかった。目の前にいる、妻を殺してしまった夫と、父が犯人、

    母が被害者という複雑な状況の子供達をどう考えるかだけで精一杯であった。息子達は、父が

    早く社会に戻れる事を複雑な心境ながら歓迎したが、被害者の兄弟はそうではなかった。

     この時点では、うまく整理できなかったが、私は、刑事弁護人として「被害者や遺族」を無意識に

    傷つけ続けてきたことを理解した。

   B 平成7年、静岡県弁護士会主催で、東京高裁管内の弁護士会の集まりである「関東弁護士会

    連合会」のシンポジュームが開催された。テーマは死刑である。死刑が必要だというのは各種の

    世論調査で圧倒的に多数を占め、国民的なレベルでは決着の付いている問題であった。しかし、

    弁護士会内部では、賛否相半ばする問題であった。私は、漠然と、「誤判の可能性」を理由に死刑

    廃止を考え、その代わり、複数人を殺害したような案件では、文字通りの終身刑(今、無期懲役と

    言っても、実際には15年程度で仮釈放される)を導入すべきではなかろうか・・・という見解であった。

    丁度、この年、オームの地下鉄サリン事件があり、国民感情は、死刑廃止なぞとんでもないと言う

    時期であった。

     私は、このシンポの準備委員として、死刑を廃止したヨーロッパの国々、特にフランスとイギリスの

    状況の調査の為、現地に赴いた。その後、静岡の犯罪被害者支援センター立ち上げに尽力した白

    井弁護士、長野のそれを行なった酒井弁護士らと一緒であった。

     テーマが「死刑」であるから、調査の対象は、どうしても廃止前後の凶悪犯罪の増減、代替措置、

    国民世論などに絞られて行った。そんな中、イギリスで、Home Office(内務省)からもらった資料に

    VS(Victim Support)の活動が記載されていた。また、ウエストミンスター大学のホジキンソン教授か

    ら、死刑廃止と直接関係しないが、イギリスでは犯罪被害者を徹底的に支援している、多くのボラ

    ンティアグループがあり、それらの活動で、殺人の被害者遺族の処罰感情が緩和されていることは

    否定できないという話を聞いた。そして、教授自ら、それらの団体の内、SAMM(Support After 

    Murder & Manslaughter)〜殺人被害者支援とでも訳すのであろうか?〜を紹介してもらった。

     直ちに、そこに行く。対応してくれたのは、自身が娘を殺害された父親で、そのときの悲惨さ、全

    てが信じられなくなり、家族同士がお互いを傷付け合って、崩壊していく状況、そこに、同じような

    境遇の人達の自助グループから救いの手が差し伸べられ、立ち直り、今は、逆に、多くの人の立

    ち直りに協力し、それを通じてさらに自身が立ち直って行くという活動についてお話を伺った。

     我々は、最後は、何も話せないほど、感動し、ショックを受けた。

     私は、少なくとも、犯罪被害者の支援態勢ができるまで、死刑廃止や被疑者、被告人の権利云々

    を議論しても、大多数の国民の理解は得られないであろうと、結論付けた。

        SAMMのホームページはここをクリック  

   C 日本に戻って、「死刑」関係の報告書は出したが、私の関心は、むしろ、死刑の対象となるとい

    う重大犯罪に限らず、日本において、犯罪の被害者がどのような支援を受けているかに移って行

    った。私は、冒頭書いたように、漠然と被害者のケアは、警察や検察官がやっていると思っていた。

    ところが、彼らは、被害者や遺族は「証拠」でしかなく、その取扱も「いかに犯人を有罪にできるか」

    のためのものでしかなく、ショックから立ち直らせるとか、何らかの支援をするという対象で無いこと

    が明白であった。誰も、犯罪被害者を組織的に支援することは無かった。

   D 私は、白井弁護士と相談し、静岡に犯罪被害者支援の組織を作る活動をした。平成9年、会社

    更生事件の保全管理人代理、後、管財人になって刑事事件どころでなくなったのを機会に国選弁

    護の名簿から除外してもらい、刑事事件から引退した。今は、刑事事件をやる時間的余裕がない

    訳では決して無いが、一方で刑事事件をやり、他方で犯罪被害者の支援活動をするというのは、

    自分の中で折り合いがつかないので、刑事事件は、一切行なわない事とした。

   E これが、私が、犯罪被害者支援活動にのめりこむきっかけである。次に、具体的に何をしてい

    るか、お話しましょう。

2 弁護士と犯罪被害者の関わり 

   @ 弁護士が、犯罪被害者とかかわるケースは、従来の概念では、次の二つであった。
     a 刑事事件の弁護人(つまり加害者のサイド)で、弁護活動の中で時には、「被害者側の落ち
      度」を強調することでクライアントである被告人の情状酌量を求めること、あるいは、被告人の
      代わりに示談交渉を行うこと。この場合も、あくまで刑事事件における情状酌量の「手段」とし
      て行う。
      
 無罪を争うケースでは、被害者を証人として法廷に呼んで、「嘘をつくな」と被害者を弾劾す
      る。これによって仮に無罪になったとすれば冤罪の防止にはなるが、「真犯人を捕まえ損ねた
      捜査機関が悪い」で終わるし、「有罪」になったからといって被害者に対し、「真実発見のため」
      という錦の御旗があるので、弁護士が責任を負うわけではない。
     b 主として交通事故で加害者の加入している保険会社の代理人として被害者との交渉にあた
      り、「あなたにも過失があった」と主張し、保険会社の定めた基準なるものを事故の個性を打
      ち消して、いかに当てはめていくかに腐心する。
  
   A おそらく、日本の弁護士の99%は、このようなかかわりを当然の前提として活動してきたし、比
    較的初期の段階で交通事故の保険会社の代理人はやらないと立場を鮮明にした私のような弁護
    士であっても、いかに「基準」を被害者に有利に適用させるか考えたが、他方で、刑事事件では、
    被告人の権利をどう守るかに腐心したことは否定できない歴史的事実である。
     問題は、これらの活動が、結果的に、被害者を第二次的、第三次的に傷つけていることに、弁護
    士の業界が全くといって良いほど無関心でありすぎたことであろう。     
     刑事事件の弁護人としては、あくまで、「無罪の推定」のはたらく被告人の弁護をするのが弁護士
    の倫理である。被害者は、あくまで「証拠」のひとつであり、その「証拠」が正しいか否か、死亡事件
    では、被害者の死因を、死亡推定時刻についての鑑定が正しいか否か、それ以外の事件では、被
    害者の捜査段階での供述が正しいか否かがまさに問題であり、それらがすべて正しいと判断され、
    被告人も認めている場合には、弁護人としては、勤務先の社長、親族を証人として呼んで「今後は
    二度とこのような事件を起こさせないよう責任を持って監督します」という証言をもらい、被告人の本
    人尋問では、「もういたしません、深く反省しております」という発言をいかに真実味をこめて証言さ
    せるかに全精力を注ぐ。被害者の調書は、この段階では争わないので、「同意書面」としてその一
    部が法廷で朗読されるだけで、あとは裁判官が見るだけである。
     つまり、刑事事件においては、「被害者」は当事者ではなく、弁護人が争わない限り、発言の機会
    さえ与えられないのが、ごく「普通」のことであった。
     被害者に対するケアーは、検察か警察がやってるのではないかという漠然とした「期待」にすがっ
    て、弁護士はあくまで加害者側の人間であるのが、刑事事件における当然の前提であった。実は、
    検察も警察も、被害者は「証拠」のひとつに過ぎないと考えている点で全く同じであるということは知
    っていたはずなのに。警察が、被害者の受けた傷の治療費を出したことがあるのか?そんなこと無
    いのは知っているのに、フィクションの世界で、法律をもてあそんでいたのではないのか?

   B 刑事事件について
     刑事事件について理屈を言えば、仇討ちや私的な復讐を禁止し、国家が被害者に代わって犯罪者
    を断罪するということが「文化」の発達であった。被害者も、国家が自分に代わって裁いてくれること
    に期待をした。他方、国家は、時として、権力を乱用し、無辜の民を刑場に送るようなこともした。これ
    を防止するため、裁判官と検察官の分離がされ、弁護人の制度が設けられ、黙秘権に始まる一連の
    被疑者、被告人の権利の拡充、さらには、刑事政策論の発達に伴う刑罰の緩和化、社会内処遇の有
    用性、刑務所の機能に対する疑問から、施設内処遇を極力回避する刑事司法の運用がなされてきた。
    そのような刑事司法の発達、特に被告人の権利の強化が、ある国家の「基本的人権」の発達のバロメ
    ーターとさえ言われてきたのである。私も、刑法、刑事訴訟法、刑事政策をゼミのテーマにし、司法試
    験の受験科目に選択した人間であるので、ここらは疑ったことも無かった。
     しかし、これらの過程で、「被害者」はどんどん、その存在を無視されるようになっていった。本来であ
    れば、(有罪を前提とするが)被告人=加害者よりもより多くの保護を受けるべき被害者は、誰からも何
    の援助ももらえなかったのである。「文化のバロメーター」が、観念化した象徴のような話である。
     そのことに、少なくとも10年位前まで、ごく一部の人を除いて全く誰も気にかけないであいたのが、司
    法の現状なのである。

   C 被害者の置かれた状況
     多数の例をあげても仕方ないので、よくありそうな例をあげてみよう。結婚して、幼い子供がいる男性
    サラリーマンが、ある日、残業あとの帰宅途中で、見ず知らずの男に因縁をつけられて、殴られ、大怪我
    をし、財布を奪われたとしよう。強盗致傷事件である。被害者は、警察に連絡する。救急車もきて、病院
    に搬送される。その中で、意識がはっきりしていれば警官に被害の状況を聞かれる。後に記載するよう
    に、この段階での被害者は、パニック状態である。細かいことなど覚えていない。病院で治療を受けるが、
    これらの費用はどうなるかなど、考える余裕は無い。警察の連絡で妻が取るものもとりあえず駆けつけて
    くる。幼い子供を誰に預けるか、夫はどれくらい入院するか、会社に連絡するべきか否か、妻のほうも、気
    働きをする人であるほど、混乱している。

     幸い命に別状は無く、マスコミにも名前を出されたりしたので、知人、友人が電話をしてくる。家にいった
    ん戻った妻(あるいは妻が付き添いでいなければならない場合、夫の母親あたりが家にきてくれるが)は、
    見ず知らずのマスコミにいちいち対応しなければならない。会社の上司もお見舞いにきてくれ、「心配する
    な、十分治療しなさい」とやさしい言葉をかけてくれる。それに対し、被害者の家族は、「ありがとうございま
    す、きっとご恩返しします」などと、「詫び」無くてはならない。

     一方、入院中の夫は、治療の合間、警察の事情聴取を受ける。正直言えば、「まだ痛くてたまらないよ」
    という段階だが、にっくき犯人を捕まえてくれるならと、一生懸命警察に協力する。退院して、まだ、リハビ
    リに時間はかかるが会社に出かけ、報告をし、もう少し休みを欲しいというと、上司も完全に治せといって
    くれる。その足で警察に行って、犯行現場に連れて行かれ、実況見分と称する事件の再現を演じさせら
    れる。「思い出したくないのに・・・」と思っても、あるいは、「あまりに突然のことであって、よく覚えていな
    いのだ」と思っても、「裁判で重要な証拠になるんだから」と言われれば、協力しなければならない。
     夜、家に帰ると、事件のことが生々しく思い出されて寝汗をかいて、飛び起きる。

     病院にいってリハビリをする。1ヶ月経過。体は万全ではない。事件の現場は、通勤ルートだから、無理
    して会社に行こうと思って家を出ても帰りのことを考えると怖い。そんなこといえないので、「体がまだ万全
    でないので」といって残業を勘弁してもらって、明るいうちに家に逃げ帰るように、帰る。犯人はまだつかま
    っていないし、マスコミには被害者として住所と名前を明らかにされてしまったので、いつ、犯人がやってく
    るかわからない。戸締りを厳重にして、外出を避ける。妻は、事情をわかってくれるが、幼い子供は、「どう
    して最近遊びに連れて行ってくれないの?」と責める。かわいそうだが、妻と事件のことは子供には「お父
    さんが転んでしまった」事にする約束だから、「元気になったらね」と理由にもならない言い訳をする。「お
    父さん、会社にはいくじゃない」という子供の素朴な疑問が胸に突き刺さる。

     会社で、最初は「大変だったなあ」と言ってくれた上司や同僚も一見元気なのに定時に帰ってしまう被
    害者に「あいつ、被害にあったことをいいことにサボってる」と言い出してるのがなんとなく伝わってくる。
    そんなさなか、警察から犯人がつかまったとの連絡。上司に許可をもらって警察へ。ガラス越しに5名の
    男を順番に見せられ誰が犯人か聞かれる。「突然だったしなぁ。急のことだったし・・・」自信が無いが、「4
    番の人」と答える。警察は満足してくれる。「当たった!!」よかったと思うと同時に、4番の男にいわれの
    無い感情が湧きあがり、心臓が脈打ってるのがわかる。しかし、もちろん犯人に声をかけることも許されず、
    写真などで確認のうえ、遅くまでかかって、「4番の男」が犯人である旨の供述調書をとられる。警察は最
    寄の駅まで送ってくれたが、あとは自分で帰る。犯人がつかまったというのに、事件の現場を通ると、やは
    り怖い。顔面蒼白になって家に戻ると、妻が浮かない顔をしている。見せられたのは病院の請求書。
     「警察が払ってくれるんじゃないのか?」
     「なに、馬鹿なこと言ってるのよ」
     これで、久々に夫婦喧嘩になってしまう。

     翌日、会社に行くと、「犯人もつかまったことだし、怪我も大丈夫のようだから、前の勤務体系にする」とい
    われ、早速、残業を言いつけられる。帰宅途中が怖い。翌日も同じく残業を言い渡されたが、警察から連絡
    があり、「犯人の供述と食い違いがあるので、もう一度事情を聞きたい」といわれ、上司に伺いを立てると、
    「もういいかげんにしてくれないかなあ」。こっちが言いたいよと思っても、「すいません」と謝って、会社を出
    る。「良いなあ、昼真っから外出できて・・」前から仲のよくない同期の同僚のいやみが聞こえる。
     警察では、犯人は最初は右頬を殴ったというがあなたが前に話したところでは、因縁をつけられて蹴られ
    たと言っていたがどうか?と聞かれるが、正直よくわからない。「そうかも知れませんねえ」と答えると、「あ
    んたねえ、いいかげんなこといっちゃ困るよ、検事に怒られるじゃないか」と怒鳴られ、「すいませんでした、
    事件直後混乱してたので、少し記憶に誤りがありました。今思い出すと・・・・」で始まる調書を取られる。
     数日して、今度は検察庁から呼び出され、調書を取りたいといわれる。警察と検察庁とはどう違うかわから
    ない。何で同じことを何度も聞かれるのかわからない。しかし、上司には報告しなければならない。「これを最
    後にしてもらえよ!」「わかりました。すいません」痛い思いをしたのに、なんか最近謝ってばかりいるなあ・・・?
     家に帰って、つい妻に当たってしまう。「かわいそうと思うけど、貴方ばかりが苦しんでるんじゃないのよ!」
     なんか、だんだん、気持ちの落ち着く場所がなくなってくる。

     犯人は、無職の住所不定の男だ。この母親と称する女性からお詫びしたいという電話があったが、ほんとか
    どうかわからないし、変に付きまとわれても困る。知人に言われて市役所で無料法律相談というに行って、
    「弁護士」に相談するが、「犯人が本当に有罪かどうかわからないし、有罪だったとしても、金の無い人から
    弁償は受けられないですよ。親族が、お金を持っていれば、弁護人になった弁護士が示談金を出すよう言っ
    てくれるかも知れないけど、法的な義務は無いですからねえ」といわれる。「警察?そうねえ、犯罪被害者給
    付金という制度はあるけど、予算が限られてますしねえ。」
     もう少し聞きたいが「すいませんねえ、一人30分なんで・・・はい、次の方どうぞ!」

     どこからも、誰からも連絡が無いまま、日々が過ぎていく。妻との関係もギクシャクしたままだし、会社でも
    「甘ったれてる」といわれ、親戚からも「いつまでもくよくよするな」といわれる。しかし、何がどうなっているか
    わからない状態で、日々が過ぎていく。親切にしてくれた警察の方も、電話しても「もう我々の手を離れてま
    すから」。どこに聞きに行けばいいのか?

     そうこうしているうちに、ある日、「貴方、犯人3年の実刑だって」と妻が言う。新聞の片隅に、「今年3月**
    市で会社員Aさんに因縁をつけ暴行を加えて財布を奪った住所不定、無職**被告に、**地裁は懲役3年の
    実刑判決を言い渡した」
     えっ?俺の裁判じゃないの?いつあったんだ?「3年?そんなもんか?それより、俺の被害は、誰が弁償して
    くれるの?」

     これは、極めてラフに脚色・再現した実際の話である。
     この事件の犯人には国選弁護人が付き、親族に一応は、被害者に対する示談の可能性を打診したようである。
    しかし、親族から「とてもお金はありません」といわれ、これ以上は無理だから、母親を証人に呼んで「出所したら
    私が引き取ってまじめに働かせます」と証言させ、本人にも、「すいませんでした、もうしません」と涙ながらに言わせ、
    「出来るかどうかわかりませんが、社会に戻ったら、被害者の方にお詫びしたいと思います」と陳述させた。
     検察官は、「何の落ち度も無い被害者に一方的な損害を与えたのは悪質であり、定職につかず、実家にも寄り付
    かない被告人に再犯の可能性は高い」と型どおりの論告をして「懲役5年」を求刑。弁護人は、「貧困が招いた不幸
    な事件である。被告人も反省しているし、親族も更生に協力すると誓っている。寛大なる処罰をお願いする」とこれ
    また型どおりの弁論をし、裁判所も「証拠その他から被告人の犯行は明らかである。何の落ち度も無い被害者に損
    害を与えた犯行は悪質で、社会的な恐怖を与えるものであった。他方、被告人は、貧困の中で生活の困って犯行に
    及んだものであり、法廷において真摯な謝罪をしている。これらを総合判断すれば、被告人を懲役3年に処するを
    相当と考える」と判決を言い渡した。検察も、弁護側も控訴せず、判決は確定し、犯人は、服役し、前科も無く、
    刑務所でまじめに勤めたので2年少しで仮釈放された。もちろん、被害者に謝罪などしない。

     つい、数年前まで、犯罪被害者は、こういう状況に置かれていたのです。
     さあ、次に、個別の事件について、掘り進んだ議論をしてみましょう。
                                                        (5月15日)

  
3 いくつかの実例

  4 犯罪被害者支援ネットワーク
 

  
5 2002年犯罪被害者支援経験交流会   

       1 日本弁護士会連合会犯罪被害者支援委員会 

          第三回全国経験交流委員会   2002年8月30日 午前

              於:福岡中央市民センター

          静岡からは、白井、増田(和)、三井、小生が参加

   イ まず、東北、中国、中部(北陸)、九州四国のブロックから犯罪被害者
    支援の取り組みの開始と、苦悩、当惑についての報告があった。

   ロ この後、事例報告があり、質疑応答があった。4件が紹介された。詳細
    は、54Pの報告書にあるので、省略。

    @    福岡の梶村弁護士の報告は、スナックで働いていた女性が些細な客
   の
誤解から、いきなり、ガソリンをかけられ、火をつけられ、全身の9
   0%火傷。奇跡的に助かる。以後、弁護士、法律扶助協会、行政に振り
   回される。この件は、午後のシンポジュームで被害者本人が報告したの
   で省略。弁護士の対応としては、6年たって、弁護士、司法その他に対
   する不信感の中で、どうやって信頼関係を築いていくかの試行錯誤が報
   告された。3名の弁護士が連携を取って対応したとのこと。

   A    大分の清水弁護士の報告は、平成12年の少年による一家殺傷事件
   の報告。離婚して実家で両親と生活していた女性とその子供が襲われ、
   祖母、母、長男死亡、祖父、長女、次男が重症。被害者である子供が未
   成年であること、生き残った祖父と元夫(親権者の変更)との確執など
   で、相続問題ももめ、祖父班、長女、次男班に分かれての活動。犯給法
   の申請を先に行なうか否か〜同法の規定によって和解金などが支給され
   た場合、返還を求められる〜で2班の判断が分かれたとのこと。進行中
   の事件のため、やや、報告が散漫であった。

   B    山口の白石弁護士の報告は下関駅に車で突入し何人かを車で殺傷し、
   さらに包丁で駅構内で複数の通勤通学客を殺傷した事件。被害者相互が
   最初は連携が取れなかったが、弁護士主導で被害者の会を結成させて合
   同で交渉したとの報告。法廷傍聴のため傍聴席の増席改造もさせたとの
   こと。自動車による被害者には自賠責がおりた(故意免責はなかったの
   か?)が包丁のほうはそうは行かないというアンバランスがあったとの
   報告。「そのアンバランスをどう調整したのか?」質問したかったが時
   間切れでできなかった。

   C    和歌山の有田弁護士の報告は過去三回の経験交流会で取り上げられ続
   けた「和歌山砒素カレー事件」の続報で、新規な報告はないと感じた。

   2 市民シンポジューム       2002年8月30日午後

        於:福岡市立中央市民センター

      テーマ「弁護士会・警察・民間ボランティアの役割分担とその連携」

       講演  犯罪被害者支援都民センター  大久保恵美子さん

           前記1、ロ、@の事件の被害者本人(匿名)

シンポ  杉良太郎氏、マスコミ、警察、日弁連委員のパネルディスカ
    ッション



イ 大久保恵美子さん

   犯罪被害者支援の歴史のおさらいの後、多方面の話題を概括的に
 された。
「危機介入」の事例を報告された。小生に印象に残ったのは、
 この危機介入であった。夫を病気で失い、女手ひとつで息子を育てた。
 その息子が大学入学が決まり、学生証を貰っての帰り道に、無免許、
 飲酒、暴走のオートバイにはねられ死亡。これを知った大久保さんたち
 のグループが、手紙やファックスで「困っているのは、あなた一人では
 ない」というメッセージを送り続け、1ヵ月後に、ようやく連絡が取れ、
 被害者も落ち着いていったという事例報告であった。その後、この被害
 者の署名活動が危険運転罪の新設につながる。

         大久保さんのお話は、小倉個人としては平成7年に犯罪被害者支援活
        動に関わるようになって10回以上聞いているが、いつも原点に戻らさ
        れ、しかも、新しいことを教えてくれる。

      ロ 被害者の話(匿名〜我々には名前を名乗ったが、匿名にする申し合わせ)

     @    事件は8年前。福岡のスナック勤務中に、同僚の女性の顧客がその女
     性が「浮気をしている」と邪推し、彼女と仲のよかった被害者に聞きだ
     そうとしてガソリンをかけて「自白」を迫り火をつけた。とばっちりの
     最たるもののような事件。全身90%火傷。奇跡的に助かる。

     A    生死の境をさまよっているところに警察経由で、犯人から「結婚して
     一生面倒見るから、許してくれ」との手紙が来て傷つく。付き合ったこ
     ともない人間、犯人の好きだった女性と親しかったというだけでひどい
     目にあっているのに、求婚されたことは、被害者をさらに傷つけた。

      B    治療が一段落して、福岡の市役所の医事課から480万円余の自己負
     担金の請求を受ける。被害者に父と兄はいるが、支払えない。被害を受
     け、さらに全てを失い、周辺のあらぬ噂に悩まされ、480万円の請求
     は、被害者をさらに追い込む。こんなことなら奇跡的な治療をしないで
     そのままに・・・と表現したが「死なせてくれれば」と小倉には聞こえ
     た・・・してくれたらよかったのにと、よくしてくれた医師や看護婦に
     も複雑な感情を持つ。

      C    長崎の父の元に戻ったが生活は楽でないので、生活保護の申請をした。
     同居していると申請がおりないので、アパートを借りた。全身90%の
     火傷で汗腺の多くを失っているので、体温コントロールができない。そ
     こでエアコンを入れたら、「ぜいたく品だ」と生活保護の打ち切りをほ
     のめかされ、はずす。真夏に体温の異常で病院に運び込まれ、ようやく
     エアコンを認められるが「被害者だからって特別扱いはできないからね、
     夜の店で働いてたから悪いのだ」などと怒られる。

      D    公判が始まり、被害者は、敢えて、タンクトップにショートパンツで
     法廷に行く。体中皮膚移植でだんだら模様の体をさらして、自分の受け
     た被害を示した。被告人には、「私と結婚して私を一生面倒見るから勘
     弁してくれですって?冗談じゃありません。私をこんな目に合わせた人
     と結婚できますか?!」と話す。裁判官から「何か質問はありますか?」
     と聞かれたので、「裁判長、あなたに娘さんがいて、こんな目に合わさ
     れたら、裁判長は父親として犯人をどうしますか、そこを考えて判決を
     出してください」と答えた。判決は、懲役6年。あまりの短さに被害者
     はさらにショックを受ける。

      E    時系列がはっきりしなかったが、この前後、長崎県の弁護士に相談。
     「そんな犯罪をする奴は金がないから、裁判したって無駄ですよ」。長
     崎県法律扶助協会にも行く。審査の結果、「犯人無資力、勝訴の見込み
     ない(?)」との理由で却下され、弁護士は、犯罪者の人権を守っても
     被害者の人権は守らない・・・と絶望し、以後、6年間、ただただ、治
     療に通う日々。生活保護を受けているので、治療費は無料となったが、
     保護受給開始までの初期段階の480万円の請求は残っている。福岡の
     医者にかかっていたので福岡に通いたいというと「生活保護を受けてい
     る長崎の医者でなければ認められない」「県外に行くなら自己負担で行
     け」と言われる。・・・・この問題をどうクリアしたかは、説明がなか
     った。ただ、とにかく苦労したとのこと。

      F    彼女は、その後2年前に岡村弁護士の「犯罪被害者の会」を知り、助
     けてくれと手紙を書き、福岡のチームが支援に乗り出すが、時効の問題、
     犯人による報復の問題で犯人への請求は、断念した。犯人はその後、結
     婚して幸せに暮らしているという情報が届いたとのこと。

      G    最期に彼女が搾り出すように「加害者にはすぐ弁護士がついて、冷暖
     房完備、食事の心配もないところで裁判を待ちます。病気になれば、治
     療も受けられると聞きました。私たち被害者は生死の境をさまよい、医
     療費の負担も強いられ、収入も住む場所も失います。安全を守るのが国
     の義務なら、安全を守れなかったときに被害者に、保護の手を差し向け
     て当然ではないでしょうか」という趣旨の発言をしたが、小倉個人とし
     て、全く努力が足りなかったと脱力感でへたってしまった。

     パネルディスカッションに出る気力もなく、増田(和)、長野の酒井弁護士と
    ホテルに帰ってへたっていた。

     3 日弁連犯罪被害者支援委員会 全体委員会  20028月31日午前

          於:福岡県弁護士会館

     静岡選出の副委員長白井先生急用で帰ったので、小倉、三井のみ出る。
    前日のシンポの総括と静岡県弁護士会犯罪被害者支援に関わりそうな議
    題のみ、簡単に報告する。

   イ シンポは成功したと思う。ただ、台風の接近や広報が不足して参加者が少な
    かった。

            小倉から・・・今回取り上げられた事例報告は、全国紙に載るような事
              件ばかりで、むしろ、地方の三面記事の片隅にしか載ら
              ないような事件で苦慮している現場の弁護士になるべく
              多数の事例、解決方法を示すべきであると提案。守秘義
              務の壁をクリアできた事案を随時収集することとなった。

    ロ 自ら発言してくれた九州の被害者のような事件が再発しないよう、全国の法
    律扶助協会の運用をどうするか各単位会で検討する。長崎の扶助協会は、「謝
    罪」を行なう準備を始めるとのこと。また、出身地外で犯罪被害にあって、心
    身の傷を得て出身地に戻った場合の法律扶助、弁護士による支援のあり方(例
    えば、犯罪地で最初に支援に着手した弁護士が帰省した被害者を引き続き支援
    するようなケースでどちらの扶助協会がどこまで〜遠隔地の場合の旅費まで〜
    面倒を見るのか見ないのか)を検討すること。

    ハ 2003年度松江で行なわれる日弁連人権擁護大会のテーマとして「犯罪被
    害者の人権」が候補のひとつとなっていることが報告された。15年前の松江
    の人権大会で「当番弁護士」が導入されたが、今度は、「被害者支援への弁護
    士の関わり」がテーマに取り上げられる可能性が出てきた。

     二 報告
        
来る11月8日(金)9:40〜17:30クレオにて「全国犯罪被
        害者支援フォーラム2002」が開催されること決定。

           午前中は、犯罪被害者支援に関与しているさまザ七立場の代表がパ
           ネルディスカッション

           午後は分科会
                    性犯罪については静岡県弁護士会の宮田逸江先生が報告者として
           予定されています。

                                       以上
                                       (2002年9月1日記載)

 6 「トラウマとその後遺症」シンポジューム参加報告
 
   
トラウマとその後遺症(講演部分の要約)

      2002年9月21日1:00pm〜5:00pm

      場所・クレオ

      講演者・ヴェッセル・ヴァン・デア・コルク博士

本件については、同博士著作「トラウマスティック・ストレス」を読み終えてからまとめる予
定であったが、小職の能力を超えるので、講演の最中メモしたものをまとめた。一部、通訳が不
明確な部分があったので、不完全であること、会場にプロジェクターでさまざまな絵やグラフが
示されたが、これらは、すべてを書き写せなかったので、記憶の範囲にとどまることを留保され
たい。

なお、これは速記ではなく、読みやすく若干の編集をしてある。実際は、話は前後し、飛躍し
てから元に戻ったりしていた。簡単な目次は、後にまとめる際につけたものである。

                        (文責・小倉博)

1 導入部分

  来日は4回目であるが、いつも、これが最後の来日であると思っている。なぜなら、自分
の話は常に日本人を不愉快にさせるからだ。日本人はさまざまな意味でトラウマを多く抱えた
民族であり、研究者にとって、大変興味深いが、日本人は、そのことと向き合おうとしないし、
大したことではないと考えたがる。

  これは、日本人と欧米人との国民性の差があるのかもしれない。欧米では個人主義が中心
で、個人を大切にせよと育てられるのに対し、日本では集団主義が中心で、他人に受け入れら
れるようにするよう育てられるためかもしれない。驚いたことに、個人主義、社会とのかかわ
りを拒絶したホームレスまで、日本では団体行動を取っている。

  さて、アメリカでは、べトナム戦争とか湾岸戦争のあとにDVの増加が報告された。戦争
でトラウマを受けた人間は、身近な者に暴力をふるう傾向がある。日本においては、第二次
世界大戦後の
DVの増加がなかった、または大したことないとみな言い張っているが、そうだ
とすれば、人類史上最大の健忘症といわざるを得ない。

  後に述べるように、トラウマに起因するDVは、次の世代にも受け継がれていることがあ
り、その原因部分を直視しないのは、問題がある。

2 トラウマと脳の関係

  前頭葉(最初、通訳は「脳の前の上」と訳した)において創造力をつかさどり、抑止力
をコントロールする。赤ん坊はこの部分が未発達であるので、不満があれば泣くという行動
をとるが、成長にしたがって、コントロールできるようになる。衝撃によるトラウマは、ま
ず、この部分にインプリントされる。その影響は、創造力の欠如という形、あるいは、抑止
力の欠如という形であらわれる。小脳は嫌いとか、恐怖とかの感情をつかさどるがトラウマ
のシリアスなものはここにインプリントされる。

  ここで、プロジェクターに脳のCTスキャンの写真が映される。

  交通事故で死ぬ寸前の恐怖を味わった男性の脳のスキャン。フラッシュバックの状態の
写真。小脳部分が活性化して真っ赤になっており、ホルモンが過剰に出ていることがわかる。
これに対し、背面前頭葉前部は白くなって活性化していないことが分かる。創造力の欠如状
態で自分が「今、ここは病院であり、近くに医者もいるのだから安全である」というシグナ
ルが出せない状態になっている。

 以上は、なるべく正確にメモしたつもりだが、これに対応すると思われる原典
 の記述は次のとおりである。「扁桃核は感覚入力に情緒的な意味付けを行った
 後、海馬を含む脳の諸機構にその評価を伝達する。一方、情報を組織化し類似
 の感覚入力に関する既存の情報と、新たな情報を統合する役割を果たす海馬は、
 扁桃核からの入力の強さの影響を受ける。そして、動物実験によると、扁桃核
 の刺激を非常に強くする場合、つまり情緒的な興奮があまりにも強すぎる場合
 には、海馬の機能が阻害され、そのために経験を適切に評価したり分類したり
 できなくなる。仮説ではあるが、こうした事態が生じた場合、経験の感覚的入
 力は記憶に貯蔵されるが、海馬がその統合的役割を果たさないため記憶は組織
 化されないと考えられる。つまり、体は興奮し、おそらくは記憶の断片が活性
 されながら、自分が体験していることに関する明確な心的構造物を作ることが
 できない状態が生じると考えられる。」

  沖縄における小学生のレイプ被害者は、今でも、兵隊、制服を見ると体を固くしてし
まう。これは、小脳のシグナルが出されることで制御が利かなくなっており、周囲でいく
ら「安全である」「大丈夫だ」といっても受け入れられなくなっている。

  これらの反応は、におい、画像、音などで発生する。脳自体が反応して、体が対応し
てしまう。

3 ストレスとトラウマ

  毎日、困難にあたって、脳が覚醒し続けていると、これがストレスになる。脳の機能
がしっかりしていれば、その制御は可能である。だから、弁護士といえども生き延びられ
る。これら、「普通の緊張」「フラストレーション」「イライラ」といったものは、交感
神経(欲望)と副交感神経(抑制)のバランスで対処されていく。

  しかし、虐待、トラウマなどの過度のストレスは、これらのバランスが崩してしまう。
このバランスが崩れ過覚醒状態になると、暴力的になり、逆に作用すると引きこもり、シ
ャットダウンの状態になり、鬱とか睡眠障害になる。

4 親子間のトラウマの引継ぎ

  トラウマ、ストレスは、職場では現れにくい。職場は組織化されていることが多く、
そのような中で、過覚醒やシャットダウンは起きにくい。

  これに対し、家庭のような細かな接触があり、完全な組織化のない場所では、些細な
ストレスがぶつかって協調性を失うことがある。過覚醒による暴力、あるいは、引きこも
りの状態が発生する。

  ここでプロジェクターに絵が映される。

     3人の人間が互いに顔をそむけるようにして立っている。体から長
     い首が伸びていて、顔の部分は雲の上にある。

  トラウマを抱えて正常な家庭環境を営めない38歳の女性が書いた絵。
歳のとき両親がDVで離婚し、母親に引き取られたが、まもなく、母親がボーイ
フレンドを連れ込むようになった。夜、この男が、彼女のベッドにもやってきて
体を触るようになった。これは半分気持ちよく、半分怖かった。そこで、母親に訴
えるが、取り合ってくれなかった。自分よりもボーイフレンドの気持ちを繋ぎ止め
たいと思っていることを5歳の段階で痛感する。

 子供は、親を愛したいと思っている→親に否定される→子供は自分が悪いからだと思う→
自分は自分の頭が雲の中にあると思うことでバランスをとる→しかし、頭は雲の上に行って
も体は「地上で」覚えている・・・という象徴的な絵である。

 これは、トラウマ=心の傷は、体の状態として覚えているということを示している。

 母親が、DVによるトラウマを抱え、その代償としてほかの男性にすがることで、子育て
がうまくいかなくなる。母親のトラウマは、子供にも影響する。

    ここで、プロジェクターに母親と子供のストレスパターン図が映される。

 完全に一致している。一昔前なら遺伝で説明したかもしれないが、トラウマの引継ぎと
して説明が可能である。

   このようなトラウマには、一過性のものもあれば、人格の一部になってしまう場合
もある。後者の場合には、問題行動につながることがある。

    Effects of Traumatic Experiences

1      Selective Attentions

2      Problem with cognition

3      Intense negative emotion

4      Self-destructive behavior

5      Self-blame

6      Dependency/loss of trust

7      Sence of helplessness

  例えば、

5 Selfblame〜自分を責める。子供は周りからちやほやされると自分がいい子だから
だと思う。逆に殴られると、自分が悪いからと思う。これが続くと自己嫌悪につながる。

6 Dependencyloss of trusut 無視された場合、人間は別の人間に対する過度の依
存をする。しかし、おおむね、失敗し、他人に対する信頼を失っていく。この種の人間は、
たとえば、弁護士に依頼して、弁護士がいかに頑張っても、この弁護士もかつて自分を痛め
つけた人間のようにいつかは裏切ると心の底で思っており、自分の弁護士の悪い点を調査し
たりする。こういうクライアントは、どんなにいい結果を出しても感謝しない。

このような、問題行動につながる母親のトラウマに対しては、初期の段階から、育児に介
入、援助することで12〜18ヶ月で改善されるという報告がある。特にシングル=マザー
については、有効という報告がある。北欧では国家の義務として育児に関与する伝統があり、
これによって、問題行動の抑制がはかられている。アメリカでは、国家は家庭に入ってはな
らないという伝統があり、そのことが、アメリカを先進国で最大の囚人を抱える国家にした
のかもしれない。

こうした幼児期の親の対応の影響について、アメリカで調査がなされたことがある。

子供のときに受けた影響

A 虐待

 1 精神的虐待           11.1%

    たとえば、「あなたが生まれてこなければ、ママはオペラ歌手になれたのに・・」
   などの不用意な発言も含む。

 2 肉体的虐待           10.8%

    ただし、父親が日本人またはアイリッシュの場合「しつけ」と言うかもしれない。
 3 性的虐待            22.0%

 B 家庭機能の崩壊

 1 両親いずれかの薬物使用     25.6%

 2 両親いずれかの精神病      18.8%

 3 母親に対する暴力        12.5%

 これらの影響を受けた子供が、その後、どのような行動に出るのか、これらの影響を受
けなかった子供との比較がプロジェクターで示された。

 上記の何らかの影響を受けた年数、1〜2年、2〜3年、3〜4年、4年以上の数値が
示されたが、メモし切れなかった。影響なしと4年以上のみメモ。

           影響のない子供    4年以上影響のあった子供
 @ 喫煙          7%           17%

 A うつ病        14%           51%

 B 自殺          1%           18%

 C 極度の肥満       5%           12%

 D アルコール依存     5%           16%

 E ドラッグ        6%           28%

 F 50人以上との性行為  3%            7%

 G 複数婚姻        5%           17%

  この他に、肉体的虐待を受けた子供が将来、暴力的加害者になる確率は、そうでな
い子供の10倍という統計があること、母親に対する
DVを目撃した女の子が将来DV
被害者になる確率は400%(4倍の意味か?)という統計があることも示した。

  ここで、休憩。博士は、最後に、日本で自殺が多いという報道があるが、彼らの両
親の行動の研究をするべきではないかという話と、自殺について18倍という数値があ
ることはトラウマのある人にとってあるいは救いかもしれないという話(ブラックジョ
ークでしょうね?)をした。

  ・・・・休憩・・・

5 セラピーの一例

  父親に肉体的虐待を受けて、体中怪我をした少年が、街中で暴力をふるっていると
いう例。

1)       この子供は、体中の怪我について「自転車に乗っていて転んだ」「フッ
ボールで怪我をした」と言って、父親によるものであることを認めなかった。父
親にさらに暴行されるという恐怖と、そうは言いながらも父親との絆を断ち切る
ことへの恐怖とがあったと思われる。

2)       児童相談所は、父親との関係を断つため、経済的にも人格的にも問題のな
い人物に里親になってもらうよう要請した。しばらくなじんだが、やがてこの少
年は、里親に暴力をふるうようになる。このときの心理について、後にセラピス
トは、「今はいい顔していても、いずれ、この『親』も自分を殴るであろう。な
らば先制攻撃しかない」「もはや誰も信頼できない、どうなってもいい」という
心理状態にあったことを突き止めた。

3)       このようなセラピストの関与がない段階で、児童相談所は、この少年が十
分肉体的に強いから父親のもとに戻しても大丈夫であろうという決定を下そうと
して、博士の意見を聞きに来た。この町に優秀な女性のセラピストがいたので、
彼女に診せるよう指導。

4)       セラピストとしては、少年との信頼関係を作り出すことから始めなければ
ならない。

   a 最初のやり取り

    「あなた、強いのねえ、スタローンみたいよ」
    「そうだ、俺はロッキーになる」
    「シュワルツネッガーはどう」
    「あいつは弱虫だ」
    「そう、でも、私、あなたより強い人知ってるよ」
    「そんなことない、俺が一番強い」
    「お父さんは?」
   ここで少年は絶句し、しばらく黙り込んでから、言った。
    「奴は、世界で一番危険でとんでもねー奴だ」
    「絵を書いてごらん」

   ここで、実際に少年の書いた絵がプロジェクターに映された。悪魔というかエイリ
  アンというか、実におどろおどろしい怪物の絵であった。 

    「でも、あなたが一番強いんだから、大丈夫よ」
    「いやだ!」
    「もし帰ったら、どうなるの」

   ここで、少年が書いた絵が映される。血だらけになって倒れている自分を書く。こ
のあとの博士の自身の解説と、セラピストの会話の区別がうまくつかめなかったが、「自
転車で転んだ」と言い張っていた少年が父親の恐怖を素直に認め、自分自身の将来につい
ての創造力を取り戻したことで、セラピストとの信頼関係が作られたと判断されるという。

 実際は、もう少し詳細な会話の紹介があったのだが、メモし切れなかった。

  b 次の段階

    まず、セラピストは、少年に合気道を習わせた。肉体的にも精神的にも強
くなれるということを文字通り身を持って知らしめること。他方、

   暴力だけでは、勝てない相手がいることを知らしめることからはじめた。そ
の上で・・

    「あなたが、もっとも安全になる方法を考えてよ」
    少年は、潜水服で100mの海底にいる絵を書いた(映し出された)。
   そこには呼吸用のホースが描かれていた。

    「このホースを引っ張られたら、引き上げられちゃうよ」
    「そうか」

    少年は、電球の中に自分が隠れている絵を書いた(映し出された)。

    「これなら、俺から奴は見えるが、奴はまぶしくて見えない」
    「すごいわねえ、でもおしっこはどうするの」

  c こうして、イマジネーションを刺激してやることで、トラウマによって閉鎖
されていた想像力が回復していく。これが、セラピーの次の段階である。

 このあと、少年が書いた多数の絵が紹介され、最終的に「普通の子供の絵」
に近づく過程が紹介されたが、疲れてきてぼんやり見ていてメモをしそこなった。

このような優秀なセラピストはどこにでもいるというわけではない。

  セラピストは優秀なほど、疲れるし、自身のためのセラピストが必要な場合もある。逆に、
 訓練の不十分なセラピストは、トラウマの増大をもたらすこともあることに注意しなければ
 ならない。

5)       ここから先はプロジェクターにレーザーポイントを当てながらの話になった。

What is necessary for effective therapy?
       
(効果的なセラピーに必要なものは何か?)

  a Words? 言葉?
     多くの場合、セラピーを要する人は言葉で説明できないことが多い。従って、
    言葉が万全ではない。必要ならば、催眠術を使うこともある。

   b Relationship?  信頼関係?
     セラピストとの人間関係の構築は必要であるが、虐待された人は、人間関係の構
    築が却って虐待のフラッシュバックにつながることがある。したがって、あせって
    はならない。自分の扱った例では、2〜3日診療にきて、突然、こなくなり、1年
    後にまたやってきたという例もある。したがって、人間関係の構築については、必
    要ではあるが相手によっては、少し距離を置いたほうがいい場合もある。

   c Creation of weak association  弱い関係の構築?
     たとえば、レイプされた女性は、セラピストが男である場合、「レイプするため
    に近づいてくる」と思いがちである。したがって、過度の接近ではない、「好意が
    あるのだ」という程度の関係の構築が必要な場合がある。

   d Mastery & Pleasure   制御(克服?)と満足(快楽?)
     虐待された被害者に対し、「どこが痛いの?」「何が苦しいの?」という質問は、
    さらに追い込むことがある。「何か良いことありますか?」という質問が有効な場
    合がある。

 ここで、第一部の時間切れ。やや、消化不良のまま終わってしまった。第二部の斎藤学博
士との対談は別途まとめる。

                               以上
            (2002年9月26日)


7 イタリアにおける犯罪被害者の刑事裁判参加制度調査結果

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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